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2024年04月26日
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こんばんは

2007年10月18日
秋ですね。
返信不要でメールをくださった方々、ありがとうございました。
リンクいただき、光栄です。
*これは短編の「S/死神1095」の小話です。S/死神を読んでいないとよく分からない内容と思われます。場面的にはまだ<えす>と主人公が一緒に暮らしている頃……主人公がようやく<えす>を認めた頃でしょうか。
ハロウィンが近いので、企画をするかわりにこんな小話を書いてみたのですが、内容はハロウィンにかすりもしていません。


【coaxing!】
 ある日の夜のことだ。
 今夜は特に外出予定がないらしく、<えす>は居間のソファに深く腰掛け、いつものごとく感情のうかがえない顔をして煙草をくわえている。煙草の先に火はついていない。どうやら手の届く位置にライターがないようだった。探すのが面倒で仕方なしにただくわえるだけで我慢しているという状態に見えた。
 俺はコーヒーをいれるためにキッチンへ足を向けた。カップを二つ用意し、ふと何気なく視線を巡らせた時、流し台の側にライターが置かれているのに気づく。<えす>は家の中でも歩き煙草をするため、予想外の場所でライターがよく発見されるのだ。余談だが、数日前はなぜかトイレにライターが転がっていた。
 よし、と俺は力強く頷き、今後の自分の生活に大きく関わるといっても過言ではない壮絶な、ある決意を固めたあと、流し台に放置されていたそのライターを握り締めた。運は俺の味方だ、きっと。
 コーヒーを注いだカップを持って<えす>が腰掛けているソファの方へ近づく。
 俺は緊張を押し隠しながらカップを丁寧な仕草でテーブルに置いたあと、ソファの側に屈み、ホストのように両手で恭しくライターを持って、<えす>がくわえている煙草へ火を差し出した。
<えす>はちらりと俺を見たが特に顔色を変えることなく上体を少し動かし、ライターの火に煙草の先を近づけた。
 よし、と俺はもう一度内心で頷き、自分を鼓舞した。<えす>の機嫌は悪くなさそうだ。これならいけるかもしれない。
「シャンプーがもうなくなりそうなんだけどさ」
 何気なさを装った俺の言葉に〈えす〉は煙を吐き出しながら軽く頷いた。婉曲に「シャンプーを買ってきてほしい」と頼んだのだ。俺は全く外出しないので、何か必要な道具や欲しいものがある時は<えす>に買い物を頼むしかない。
「あと、鍋と大きめのフライパンも欲しかったりする」
 この言葉にも<えす>は軽く頷いた。大丈夫、まだいけそうだ、頑張れ俺。ここで少し好感度を上げておくか。
「あんた焼き肉好き? 明日の夜はそれにしようと思っているんだけれど。いいなら肉と野菜買って欲しい」
 異論はないらしく、これまたすぐに頷いてくれた。よし! 一気に勝負に出てみよう。俺は気づかれないよう唾液を飲み込み、緊張で強張りそうになる顔に微笑をはり付けた。心臓の音がやけに大きく響いている気がする。
「あと、プレステ3、とか……」
 声を震わせるな怖じ気づくな俺。
 そう必死に念じ、顔にはりつけた微笑を壊さないよう頑張ったのだが、奴の視線を感じた瞬間思わず横を向いてしまった。
だって日中暇で仕方がない。テレビは飽きたし、一日中音楽ばかり聴いているのも疲れるし、勉強などする気にはなれないし。そもそも受験時はずっと勉強漬けで、やりたかったゲームも遊びも全て我慢していたため、ここへきてその欲望というか衝動というかが抑えられなくなったのだ。
 などと胸中で無駄に言い訳したが、こっちを凝視している<えす>の沈黙がかなり痛い。
「……だ、駄目?」
 この流れで購入してもらおうと姑息な考えを持っていたのだが失敗しただろうか。自分でも分かるくらい情けない顔になっていると思う。やばい、冷や汗が滲んできた。なんか俺、自分が可哀想になってきた。
「や、無理なら別にいいんだけど……」
 弱々しく言葉を濁してうなだれた時だった。煙草の煙を吐き出す静かな音が聞こえた。
「やりたいのか」
「うん」
 無感動な問いかけに、俺は大きく頷いた。
「分かった」
「いいの?」
 まじで?
 現金な俺は顔を上げ、内心で激しく喜んだ。駄目もとで言ってみるものだ。この瞬間、俺の中で<えす>の株は急上昇した。最早尊敬と敬愛の域に達している。
 
 
 ——翌日、〈えす〉は本当にプレステ3を買ってくれた。ちゃんとソフトも何枚かつけてくれた。
 けれどもだ。
「……ゴルフと麻雀とエロゲーって……どういうチョイスだよ」
 俺は途方に暮れた。普通にアクション系とか格闘ものとか期待してはいけなかったのか。ゴルフも麻雀も俺の年でハマる奴はあまりいないと思う。というかエロゲーって、これは一体どうすればいいんだ。いや興味があるとかないとかそういう問題の前に、何か、そう、身体的にも心情的にも本気で葛藤するものがあるじゃないか。
「素直に喜べない……」
 俺は真新しいプレステ3を見つめつつ、しばらくの間悲しみに浸った。
(終)
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